技能実習制度は、平成5年(1993年)にスタートして以来、改正もはさみつつ様々な矛盾や問題をはらみながら続けられてきました。しかし、厳しい職場環境に置かれた技能実習生の失踪が相次いだことで、技能実習生の人権侵害につながっているという意見が目立つようになります。
政府の有識者会議である「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」では、令和4年11月22日から数えて16回にわたり議論が行われ、その結果を踏まえた最終報告書が、令和5年11月30日に関係閣僚会議の共同議長である法務大臣に提出されました。
会議では技能実習制度の廃止や、それに代わる新しい制度「育成就労制度」についても言及されています。政府はこの最終報告を踏まえて、2024年1月召集の通常国会に関連法案を提出することを目指しています。
この記事では、技能実習制度廃止にともない想定される世の中の変化や、新しい制度の内容について解説します。
技能実習制度が変わる前に仕組みを振り返る
そもそも、技能実習制度とは、企業や外国人材にとってどのような意味を持つ制度なのでしょうか。
新しい制度について理解を深める前に、まずは技能実習制度について振り返りましょう。
技能実習制度は「国際貢献」が目的
平成5年にスタートした技能実習制度は、本来、次のような意味合いを持つものでした。
厚生労働省によると、令和5年6月末時点で技能実習生は全国に約36万人在留しているとされ、建設・食品製造などの職種で実務に従事しています。
そのため、日本の労働者と同じように労働関係の法律が適用され、適切な形で保護されなければならない対象となります。
ただし、基本理念として「技能実習生は労働力不足のために働かせてはいけない」存在であることから、やや矛盾する要素をはらんでいる部分は否めませんでした。
そして、制度が運用されていく中で、そういった矛盾が次第に社会問題へと発展していきます。
技能実習生に対する人権侵害
残念なことに、技能実習生に対して暴言を放ったり、あるいは暴行を加えたりする日本人労働者の存在は、しばしばマスメディア等によって報道されています。
企業側で「外国人の人権保護」の意識が薄い場合、日常的・無自覚的に人権侵害が行われているケースも十分考えられます。
また、技能実習生は原則として転職が認められていないため、職場が自分に合わないと感じていても、技能実習制度下においては自由に転職先を探すことができません。
在留資格取得にあたって、日本語能力の水準等を設定していないことから、日本語が不得手なまま仕事に就くケースも少なくないようです。
過酷な労働環境・賃金
技能実習生は、主に人材不足などの理由から、長時間勤務・重労働を求められる過酷な労働環境で働くことが多い傾向にあります。
また、賃金も決して高いとはいえず、かつては「低賃金で人材を雇える」という誤解から技能実習生を採用していた企業も少なくありませんでした。
そのような職場では、日本人を募集したとしてもなかなか希望する人員が集まりにくく、離職率も高くなります。
職場に恵まれなかった技能実習生が、制度という檻の中で、次第に不満をつのらせるのは想像に難くありません。
「失踪」という手段を選ぶ技能実習生も
職場との折り合いがつかず、仕事を辞めてから次の職場も見つけられず、日本で失踪という手段を選ぶ技能実習生もいます。
先に日本で働いていた同胞を頼って失踪するケースもあり、企業等が捜索するのも簡単ではありません。
企業側としても、自社の技能実習生が失踪するような事態を招けば、その後5年間は新たに技能実習生を受入れることはできません。
より詳しい状況を知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
参考記事:外国人が失踪するならどこ?技能実習生など人材をつなぎとめる方法
技能実習制度が新しく「育成就労制度」に変わる
先にあげた技能実習制度の問題点を踏まえつつ、有識者会議の中で16回にわたり議論された結果、技能実習制度は新たな制度に変更される運びとなりました。
以下、新たな制度である「育成就労制度」について、これまでの技能実習制度との違いに触れつつ解説します。
なお、技能実習制度が変わるこれまでの経緯につき、中間報告書の概要などを確認したい方は、以下の記事もご覧ください。
参考記事:技能実習制度が廃止!外国人受入は今後どうなる!?特定技能に一本化!?
制度の目的について
技能実習制度の実態を見る限り、国際的に理解が得られる・日本が外国人材に選ばれる国になれるような制度と言い難い部分は否めませんでした。
新制度となる育成就労制度ではその点を鑑み、人材確保・人材育成を両立させられる制度になるよう見直しが行われました。
具体的には、以下の3つの視点に重点を置き見直しが行われています。
外国人の人権・労働者としての権利が保護されるのはもちろん、外国人のキャリアアップにおいて分かりやすい仕組み作り、外国人との共生社会につながることなどが重視されています。
また、育成期間は3年間を基本とし、その中で「特定技能1号」水準の人材にまで育成する想定となっています。
受入対象分野について
育成就労制度では、これまでの技能実習制度の職種等を機械的に引き継ぐことなく、特定技能制度における「特定産業分野」の12分野に限定することが決まりました。
これにより、基本的に新制度における従事可能業務の範囲は特定技能の業務区分と同一になり、主たる技能を定めて育成・評価する形になります。
また、育成開始から1年経過、育成終了の時点までに試験を受験することが義務付けられています。
万一試験が不合格になってしまった場合、再受験のため最長1年の在留継続資格が付与されます。
外国人材の受入れ数について
技能実習制度においては不透明といわれてきた、受入れ外国人材の見込数については、新制度において「受入れ対象分野」ごとに受入れ見込数を設定することとなりました。
事実上、受入れの上限数として運用する形です。
また、受入れ見込数や対象分野に関しては、経済情勢等の変化に応じて柔軟に変更し、有識者等で構成する会議体の意見を踏まえ政府が判断する形となります。
転職について
技能実習制度においては、原則として技能実習生の転職は認められていませんでした。
この点に関しては、新制度で大幅な変更が行われ、やむを得ない場合の転籍の範囲が拡大・明確化されています。
本人の意向による転籍が可能になるためには、人材側が次の条件を満たしている必要があります。
監理団体・ハローワーク・技能実習機構等による転籍支援の実施や、転籍前企業の特定技能受入れ初期費用負担の考慮なども、有識者会議の最終報告書に盛り込まれています。
また、育成終了前に帰国してしまった人材に関しては、新制度による再度の入国が認められますが、それまでの新制度による滞在が「2年まで」の人材に限られる点に注意が必要です。
なお、その場合は前回育成時と異なる分野・業務区分での再入国が認められます。
監督指導・保護について
これまでの技能実習制度は、監理団体・技能実習機構・登録支援機関など、それぞれの団体で質や支援の体制にバラつきがありました。
有識者会議の最終報告書には、技能実習機構の監督機能や支援保護機能を強化し、特定技能外国人への相談援助業務を追加することが記載されています。
特定技能1号への移行について
新制度において、外国人材が特定技能1号へと移行する条件は、技能実習生のルールをより具体化したものとなっています。
具体的には、以下の条件を満たした人材につき、特定技能1号への移行が可能です。
新制度で特徴的なのは、試験が不合格になった場合の再受験や、育成途中の移行についても触れられている点です。
仮に、試験が不合格となってしまった場合でも、再受験のために最長1年間在留を継続することができます。
また、育成途中に人材が特定技能1号へと移行する場合は、本人意向の転籍要件を踏まえて行う必要があります。
支援業務の委託先も、登録支援機関に限定され、登録支援機関自体の登録要件・支援業務委託の要件も厳格化されます。
日本語教育について
これまでの技能実習制度においては、本人の能力・教育水準につき、一定のルールが定められていたわけではありませんでした。
しかし、新制度においては、継続的な学習による段階的な日本語能力向上に関する内容が盛り込まれています。
各分野について、より高い水準の試験の合格を要件とすることが可能となり、具体的には次のような状況が想定されています。
また、優良受入れ機関の認定要件として、日本語教育支援に取り組んでいることがプラスされています。
日本語教育機関認定法の仕組みを活用し、教育の質の向上を図るなど、日本語教育への力の入れ方が強まっているのも特徴です。
ご参照:日本経済新聞 / 外国人労働者の新制度、「就労1年超」で転職可 最終案
技能実習制度が変わることによる企業側の影響
これまでの技能実習制度が新しい制度に変わることで、企業側にはどのような影響が生じる可能性があるのでしょうか。
以下、現段階で考えられる、良い影響・悪い影響をそれぞれ解説します。
良い影響について
新制度が運用されるようになると、これまでの技能実習制度で起こりがちだった「職種の違いによる在留資格切り替え不可」という事態を避けることが期待できます。
新制度における職種は特定技能と連動しているため、人材が特定技能1号へと移行することにより、自社での外国人材の長期雇用が可能になります。
また、新制度では一定水準の日本語能力が求められる分、日本語教育も充実するものと推察されます。
対人サービスが主な分野では、日本語能力の低さがコミュニケーションに悪影響を及ぼすおそれもあることから、外国人材の日本語能力向上が見込める制度になることは、企業にとってメリットといえるでしょう。
悪い影響について
逆に、新制度の運用によって企業が想定しなければならない悪い影響としては、受入れられる外国人材の職種が限定されることがあげられます。
特定技能の12分野と連動させた分、これまで技能実習制度で受入可能だった職種がNGになってしまうケースが多くなるため、例えば製造業のように「特定技能の受入要件が厳しい」分野だと、これまでのように外国人材を受入れるのは難しくなるかもしれません。
また、技能実習制度の“負の側面”として捉えられてきた賃金に関しては、今後給与水準を高くすることも検討しなければならず、人件費が増加する点も無視できないポイントになるでしょう。
新制度では転職の自由度も比較的高いことから、自社の待遇や労働環境に問題があると外国人労働者に判断された場合、人材が離れて行ってしまうことも想定しなければなりません。
特定技能を将来に見据えた採用が必要
新制度を経由して、長期的に外国人材に働いてもらおうと考える場合、最終的には「特定技能2号」を目指すイメージになるでしょう。
特定技能2号を取得した外国人材は、その後実質的に日本国内において無期限で働けるようになるからです。
よって、これまで技能実習制度によって人材を確保してきた企業は、外国人材を確保するプロセスだけでなく、外国人材を「育成する」プロセスにも注目する必要があります。
なお、特定技能人材の無期限雇用について詳しい情報を知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
参考記事:特定技能人材は無期限で雇用できる?現状と将来について考察
まとめ
これまでの技能実習制度は、どちらかというと企業の方を向いた制度として運用されていた背景があるため、新制度への変革は時間の問題だったといえるかもしれません。
制度がどのような形で変わろうとも、これからも企業は必要に応じて人材を確保していかなければならないため、ある意味では「どうやって新制度を活用していくか」にフォーカスすることが求められるでしょう。
将来的に特定技能人材を確保する想定で人材を確保したい企業担当者様は、実績のある登録支援機関などから適切なサポートを受けられると安心です。
特定技能人材の紹介も含め、外国人材の採用につきサポートを受けたい方は、ファクトリーラボまでお気軽にご相談ください。